少年とパン屋と俺
その日俺はいつもよりかなり遅く家を出た。遅刻出勤だ。
駅までの途中、突然カレーパンが食べたくなった。
そのパン屋は駅前にあって、時々出勤や帰宅の途中立ち寄る。店の表はガラス張りで、外から陳列棚やパンを作っている様子も見える。
店の前に少年がいた。正確には店の前に立っていたのではなく、店の前を行ったり来たりしている。
少年は何事かつぶやきながらうつむいたり見上げたり頭を動かしていた。少年は小太りで顔はダウン症の特徴があった。
俺は少年から視線をはずして店に入った。
店には女性店員がレジにいて、レジ横の扉の前には男性店員が立っていた。男性店員の名札には店長と書かれている。
俺が店に入ってまもなく、先ほどの少年が店に入ってきた。彼はパンを買いたかったのかと思った直後、少年は早口で「○○の紹介で来ました。○○です。」といってぺこりと頭を下げた。
扉の前の男性店員は「○○君ですね。お待ちしていました。どうぞ。」といってぺこりと頭を下げ、そして扉を開けた。
少年がレジの横を進むと、女性店員が俺のカレーパンを包装している手を止めて「こんにちは」といった。少年はにこっと笑い、そして扉の中に入っていった。
俺はカレーパンを手に店を出た。あの店長は店前に少年がいるのを知りつつも店に入ってくるのを待っていたのかなあ、などと思いながら駅に向かった。
気分が良くなって少し涙が出た。
(体験を元にしたフィクションです。掲載写真はイメージです。)